一人ひとりの主体的な思いにより
組合活動をより強固な取り組みへ
鹿野──連合は、「底上げ・底支え」「格差是正」を2016春季生活闘争のスローガンに掲げましたが、具体的なポイントを教えてください。
神津──「底上げ・底支え」「格差是正」を実現するためのキーワードになるのが、「持続性」「月例賃金」「広がり」「底上げ」の4点です。
1つめの「持続性」は、2014、15年に実現した賃上げを、中長期的に持続させることを意味します。デフレからの脱却は1年、2年のスパンで実現するものではありません。賃上げは、将来の生活設計を築く基盤になるものなので、持続性をもたせることを常識に変えていかなければなりません。
2つめの「月例賃金」は、月例賃金の上昇に徹底的にこだわっていくことを意味します。現在、収益が上がった企業は、ボーナスで還元するケースが多くなりました。そのため、総年収が増えたことを賃上げと呼ぶ流れがあります。たしかに従業員は、ボーナスが出れば素直にうれしいでしょう。けれども、ボーナスは企業の収益で上下するものなので、安定という観点でみれば月例賃金に勝るものはありません。労働組合は、月例賃金が上がるのをいわば当たり前の常識にもっていく役割を担っています。
3つめは「広がり」です。現在、連合の組織率は約12%ですが、労働組合が存在しない企業は8割以上に上ります。これらの企業の労働者を置き去りにしたのでは、春闘の意味がありません。労働者全体へと“広がり”を生み出し、最低賃金の引き上げ、取引環境の適正化などに結び付ける必要があります。
最後の「底上げ」は、大手企業ばかりでなく、中小企業も含めた「底上げ」を実現することで、格差の是正につなげることを意味します。デフレにより物価上昇が見込めない状況に陥ると、定昇制度を設けていない企業は、賃金が頭打ちになります。労働組合もない、定昇制度もない、という企業では、賃金が上がらないことが常態化しました。その結果が格差の拡大につながっているのが今日の現状であり、中小企業も含めた底上げが必要です。
鹿野──格差の是正という観点でみれば、非正規労働者に対するアプローチも欠かせないと思うのですが。
神津──今年の春闘は、組合員であるパートタイム労働者が100万人を超える状況で闘いました。また、構成組織の頑張りによって、正規労働者を上回る回答が、非正規労働者で相次いだことは、評価できる点だと思っています。
ただし、今回の高水準での回答は、人手不足という外的要因も影響しているため、手放しで喜べる状況ではありません。非正規労働者の約7割が年収200万に届いておらず、全体の底上げが必要な状況に変わりはありません。
非正規労働者を論じるうえで問題なのは、パート、派遣、有期、無期など、雇用形態がそれぞれ異なる類型を、「非正規」として一括りにまとめること。働き方が異なれば、それに伴う課題も変わってくるため、ひとまとめに語ると、問題の本質を見誤る可能性が生じてきます。非正規労働という呼び方自体を、変更すべき時期にきているのかもしれません。
鹿野──今回、話を聞かせていただき、「当事者意識」「自分ごと」という言葉が、神津会長の根幹を成しているのではと感じました。最後に、その点を含め、労働組合の今後のあり方についてメッセージをいただけますか。
神津──労働組合の活動は、一人ひとりが主体的に“自分たちのもの”と捉えることが重要です。その思いが土台にあるからこそ、組合活動を強固なものにすることができます。
しかしながら、労働組合に限らず、日本人は民主主義を自分のものと感じていない人が多すぎます。まさに、「お任せ民主主義」の状態です。勝ち取ったものではなく、与えられた感覚が強いため、政治や選挙に対しても、どこか他人事のように受け取ってしまうのです。
それは労働組合も同様です。組合員が自分ごととして、当事者意識をもって組合活動を考えていない場面が見受けられます。現在の労働組合は、先輩方の苦労のうえに成り立っていること、そして、労使関係を築き、とことん話し合い、合意形成を図って互いに力を合わせてきたからこそ、今日の組合の姿があることを心に留めなければなりません。そして、労働組合のさらなる進化の姿を追い求めることこそが、我々労働組合に関わる人間に問われている責務と認識すべきです。
神津里季生(こうづ・りきお)
日本労働組合総連合会(連合)会長
東京大学教養学部卒業後、新日本製鐵株式会社入社。
1998年、新日本製鐵労働組合連合会書記長に就任。
2002年、新日本製鐵労働組合連合会会長に就任。
2006年、日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)事務局長に就任。
2010年、基幹労連中央執行委員長に就任。
2013年、日本労働組合総連合会(連合)の事務局長に就任。
2015年、連合会長に就任。現在に至る。