メンバーシップに留まらず
社会にオープンな運動を
鹿野──ブラック企業が社会問題化するなど、働き方そのものが不安定な時代のなか、労働組合の存在価値がこれまで以上に問われる社会になっています。現状を鑑み、労働組合が解決すべき課題を3点に絞るとすると、どのような点をお考えですか。
古賀──労働組合として第一に捉えるべき課題は、“仲間を増やす”ことです。連合では2011年から“1000万連合”を方針の柱に掲げ、非正規や中小企業の労働者を含め、組織化を推進しています。
組合の基本機能は、仲間たちが一緒に力を合わせること。「社会の不条理と戦おうよ」「会社と対等な立場になろうよ」といった声を集め、社会に発信し、働く環境を改善することです。社会に対する影響力を拡大するためには、仲間を一人でも増やし、声を大きくしなければなりません。
増やす仲間は正社員に限らず、「一緒の職場で働く仲間」「一緒にサービスを生み出す仲間」など、すべての仲間に対して働きかけることが重要です。連合では「職場から始めよう運動」と銘打ち、組合員、非組合員を区別せず、一緒に働く仲間として、彼ら彼女らが抱えている問題を把握し、その解決を通じて一人でも、二人でも仲間を増やす取り組みを行っています。
2つめは連合がめざす社会像として2010年12月に掲げた「働くことを軸とする安心社会」を実現することです。連合では安心社会実現のために5つの「安心の橋」(①教育と働くことをつなぐ、②家族と働くことをつなぐ、③働くかたちを変える、④失業から就労へつなぐ、⑤生涯現役社会をつくる)を政策パッケージとして掲げ、2020年を目標に環境を整備する取り組みを強化していきます。これらの運動を促進させるためには、地域や職場の活動を通して、一人ひとりの組合員が主体的に力となり、一歩一歩道を切り拓くことが大切だと考えています。
3つめは、労働者の代表として、政治に関与することです。現在の日本は成熟社会を迎え、わたしたちの働き方、暮らし方、さらには生き方に対しても政治のリーダーシップが直結する社会になりました。
一昔前の高度成長時代であれば、パイを分配して経済が成り立ったため、政治と労働の関係をそれほど意識せずに済みました。しかし、低成長時代に入った現在では、働く枠組みをその都度構築する必要があり、そこには政治が深く関与してきます。働くことや暮らすことが、政治と無関係でいられる時代ではなくなりました。緊張感を持って切磋琢磨できる政治体制を生み出すために、連合は側面的に政治に関与する必要があります。
鹿野──3つの課題を実現させるためには、組織の中に閉じこもるのではなく、社会に広がる運動、共感を呼ぶ運動へと発展させる必要があると思うのですが。
古賀──その通りですね。メンバーシップだけの運動ではなく、すべての働く者を視野に入れた政策をいかにしてつくり、社会の共感を呼ぶ運動へと発展させることができるか。共感を呼ぶためには、正社員、非正規、学生、主婦など、各層ごとの実情に沿った対応が求められます。連合とは何か、何をやっている組織なのか、まだ認知されていない層もあるので、内部の運動に留めるのではなく、社会にオープンな運動をめざす必要があります。
鹿野──オープンな労働組合ということで言えば、学生の多くは労働組合の機能を知らずに就職し、過酷な労働環境に耐えられず、早期に退職してしまう現実もあるのだと思います。連合では学生に対してどのようにアプローチしているのですか。
古賀──連合では、地方連合会も含め、大学に寄付講座を開設し、学生との対話の機会を持つようにしています。学生との対話の場をできる限り増やすことにより、働くことや労働組合に対する理解を深める運動を行っています。
寄付講座を受講した学生は、就職活動を始める際に「この会社に労働組合はあるのですか」と就職課の職員に聞くこともあるようです。就職前の段階で学生と労働組合の接点が設けられれば、「ブラック企業」などといわれるような社会問題も少しは解消されるでしょう。寄付講座は徐々に校数を増やし、10校ぐらいにまでに拡大してきた状況です。働くことに対する教育カリキュラムを確立させることにより、労働組合の役割も徐々に理解されていくと思います。
そういった意味では、小学、中学の義務教育の段階から“働くこと”について教える授業が必要になります。今の小学生に「将来の夢は?」と聞くと、「大企業の正社員」と応えるケースがかなり多いそうです。おそらくその答えは、親が子どもに願った働き方であり、子どもが自分で考えたものではありません。子ども一人ひとりが、それぞれにあった夢をもち、その夢に向かってキャリアを形成できる環境を整えていくこと。そうすれば、就職における“中小企業とのミスマッチ”のような問題も解消されるのだと思います。
連合としては、働くことに関する教育を充実させるために、政府などに対しても継続的に働きかけていきます。また、組合役員が母校などに積極的に足を運び、学生との地道な対話活動を積み重ねることが重要だと思います。
地に足のついた息の長い活動を続けていくことで、働くこととは何か、労働組合とは何か、ということが認知されるのだと考えています。
古賀伸明(こが・のぶあき)
日本労働組合総連合会(連合)会長
1975年、宮崎大学工学部卒業。松下電器産業株式会社入社。
松下電器産業労働組合中央執行委員長を経て2000年、全松下労働組合連合会(全松下労連)会長。
2002年、全日本電機・電子・情報関連産業労働組合連合会(電機連合)中央執行委員長。
2004年、全日本金属産業労働組合協議会(金属労協)議長。
2005年、日本労働組合総連合会(連合)事務局長。
2009年、日本労働組合総連合会(連合)会長。現在に至る。